第8話
第8話 観察者になること
8週間続けたノートを見返した。最初のページには『5時に起きる』という一行だけ。ページを重ねるごとに、文字が増えていった。
天気のこと。公園の人の数のこと。自分の体調のこと。そして最後の数週間は、『昨日と違うもの』の記録。信号機の左側の欠けた看板。いつもより早く咲いた桜の枝。老人の散歩コースの微かな変化。
はじめは『朝の習慣が人生を変える』という言葉を信じたくて、この実験を始めた。科学的根拠がどうかは、今も正直なところ曖昧だ。5時に起きることが、何かを根本から変えたのか。それとも、毎日同じ時間に世界を見つめることで、見ている自分が変わったのか。
その違いは、もしかしたら重要ではないのかもしれない。
昨日の朝も、一昨日の朝も、今朝も。毎回同じ時刻に目が覚めた。靴を履いて、公園を回って、帰ってくる。ルーティンは変わらない。だが『見ているもの』は毎日違う。季節の移ろい、人通りの増減、光の色合い。習慣という名の安定した地点に立つことで、初めて世界の細かな変化が見えるようになった。
ノートの最後のページに、今朝のことを書いた。『習慣とは、同じことを繰り返すことではなく、繰り返す中で新しいものを発見することなのではないか』と。
法則があるとすれば、それはこれかもしれない。毎日5分、あるいは5時に。同じ場所で、同じ行為を繰り返す。その中で、世界は教えてくれるのだ。変わることと変わらないことの境界線を。自分がどこに立っているのかを。
実験はここで終わる。だが観察は、これからも続くのだろう。
(完)
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