第3話
心が動く瞬間
彩は、先輩から受け取ったノートとペンを両手で抱きしめた。新しい紙の匂い、手になじむボールペンの重さ。すべてが、これからの読書を変えるという約束のように感じられた。
「ありがとうございます。やってみます」
図書館を出る前に、彩は先輩に聞いた。
「先輩は、いつからこの方法を?」
「高校の時かな。退屈な参考書を読んでて、ふと『これ、つまらないな』って思った瞬間を逃したくなくて。だから書いた。そしたら、その『つまらない』という感覚が、次に面白い本を読む時の基準になったんです」
先輩は笑った。その笑みは、何かを発見した人特有の明るさを持っていた。
翌日、彩は新しい本を手にして、図書館の隅に座った。『異郷の旅人』ではなく、別の物語。第一ページを開いた時、手にはペンが握られていた。
しばらく読み進める。そして——ページの中程で、ある描写に引っかかった。登場人物が、彩の予想と違う選択をしたのだ。彩は無意識のうちに、ペンを取った。
ノートに、彩は書いた。
「なぜ、そこで?」
その一行は、先輩のメモのように、自分の心の声を捉えた言葉に見えた。そして、彩は気づいた。今、自分は読書を『消費』していなかった。本の世界と、自分の想いが対話をしている。
ページをめくる手が、少し軽くなった気がした。
しかし、図書館の時計が午後三時を指した時、彩の心にふと疑問がよぎった。先輩は、どうしてあの時、彩に声をかけたのだろうか。『異郷の旅人』を手に立ち尽くす彩を見て。
それは、単なる親切心では済まない何かがあるように思えた。
続きはまもなく
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