第8話
第8話 選択肢の消失
スマホを握ったまま、身体が動かない。
枕の下から這い出てきたデバイスを、そろりと取り出す。画面には見慣れたインターフェースが映っていた。だが、いつもと違う。選択肢が三つある。
「はい」「いいえ」「リセット」
リセット。そんなボタン、今まで見たことがない。
指が動く。今度は、自分の意志で。「リセット」を押す。するとスマホが鳴いた。悲鳴のような音。画面全体が白く明滅し、やがて真っ黒になった。
暗闇の中で待つ。時間がどのくらい経ったのか、判然としない。やがて、小さな音。
再起動の音だ。
スマホが再び光る。だがそこに映っているのは、見知らぬ画面。見知らぬアプリ。すべてが消えていた。睡眠アプリも、その履歴も。
枕に頭を戻す。天井のシミは、いつもどおり見える。
朝が来た。窓からの光が、いつもより眩しい。スマホを取ろうとして、手が止まる。再度、握りしめることへの躊躇。だが、携帯を見つめてみる。通常のホーム画面だ。何もない。何も起きない。
部屋を出て、水を飲む。鏡に映った自分の顔。眠そうだ。でも、いつもより目がはっきりしている。
夜が来た。ベッドに入る。スマホは、リビングに置いてきた。
眠りは、自然だった。夢も見なかった。ただ、黒い。やさしい黒だ。
朝日が、顔を撫でる。目が覚める。時計を見る。寝坊していた。いつもより長く眠っていた。
それは、とても心地よかった。
(完)
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