第8話
3時の約束
主人公の指は、ようやく動き始めた。
「お疲れさま。返信遅くなってごめん。今週末、会える?」
送信ボタンを押した瞬間、画面の向こう側に何かが変わったような気がした。長く積み重ねてしまった沈黙が、この一行で断ち切られた。返信は来ないかもしれない。あるいは、友人の心は既に別の場所にあるかもしれない。だが、それでも送ることに意味があるのだと、主人公は感じていた。
ベッドに戻ると、時計は3時15分を示していた。いつもなら、ここから眠りに落ちるまで、主人公は天井を見つめながら何時間も過ごしてきた。今夜は違う。心が落ち着いているのを感じた。
スマートフォンが鳴ったのは、朝の6時だった。友人からのメッセージだ。
「嬉しい。日曜日、いつものカフェで会おう。」
主人公は、その言葉を何度も読み返した。失ったと思っていた繋がりが、まだそこにあった。ただ、呼びかけるのを待っていただけなのだ。
翌週の日曜日。カフェでの再会は、不器用で、ぎこちなく、それでいて温かかった。友人は笑顔で言った。「連絡待ってたんだよ。」その言葉に、主人公は初めて気がついた。夜中の3時に目覚めるのは、自分の心が忘れてはいけないことを教えてくれていたのだ。それは、医学でも、アプリでも、ホルモンでも解決しない問題だった。ただ、行動することでしか、解決できない問題だったのだ。
それから数日後。主人公は夜中の3時に、いつものように目覚めた。だが、今度は異なっていた。心に焦りはなく、心地よい疲れだけが残っていた。スマートフォンには、他にも連絡を取れていない人の名前が浮かんできた。それらも、同じように待っているのだろう。
主人公は静かに微笑んだ。3時の目覚めは、もう悪夢ではなくなっていた。それは、心が大切なことを思い出させてくれる、優しい合図になっていたのだ。
(完)
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