第8話
第8話 朝は、いつも新しい
翌朝、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。体が習慣を覚えているのだ。でも、その時、何かが違った。時刻を確認して、ベッドから出るのではなく、その瞬間をただ感じることにした。天井を見つめながら、呼吸をしてみる。昨日の朝日と今朝の朝日は、同じではない。毎日同じように見えていたものが、実は一度も繰り返されていないことに気がついた。
キッチンに降りると、母がすでに朝食の支度をしていた。いつもと同じ時間に起きたはずなのに、母との時間が昨日より密度濃く感じられる。白湯を注ぎながら、母が開いていた本のタイトルを聞いてみた。読みかけの話を、母は丁寧に教えてくれた。五週間、毎朝同じルーティンをこなしていた間に、こんな当たり前の会話すら忘れていたのだ。
窓の外は、いつもと同じ景色なのに、違って見える。隣家の前を通る人の足並みが、昨日より自由に見える。あるいは、そう見えるようになったのは、自分の目が変わったのかもしれない。
五週間の習慣は失われていない。体は相変わらず同じ時刻に目覚める。それは失敗ではなく、得られた力だ。でも今、その力の上に、別のものが積み重ねられている。決まったリズムの中で、その時々の選択をしていく自由。ルーティンに支えられながら、なおも人生を塗り替えていく余地。
母が窓の外を見つめた。「毎日同じようで、毎日違う」と呟いた。そうだ、と思った。習慣とは、人生を整える道具であり、人生を限定する枠でもあり、その両方でもある。それは、使う人次第なのだ。
コーヒーの香りが、いつもより香り立つ。明日の朝も、同じ時刻に目覚めるだろう。でも、その朝をどう過ごすかは、まだ決まっていない。それこそが、最も大切な発見だった。小さな積み重ねは、人生を塗り替えるのではなく、人生を映す鏡になるのだ。
(完)
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