第8話
第8話 判断の積み重ね
佐藤の言葉は、田中の心にすっと落ちた。運ではなく、判断。つまり、自分で選んだということだ。
「でも、僕は何もしていません。ただ持っていただけです」
「それが判断ですよ。下がった時に売らないと決めたのも、基礎を学ぶと決めたのも、全部君の判断です」
田中は考えた。確かに、一週間前の自分は違う判断をしていたかもしれない。アプリを毎日何度も開き、一喜一憂し、何か理由をつけて売却していたかもしれない。しかし今の自分は、わずかだが異なる選択ができていた。
給料日前の不安は今も残っている。ただし、その不安の質が変わった。お金がない不安ではなく、判断の正誤を恐れる不安に。しかし、その恐れすら、学ぶ動機になっていることに気づいた。
帰宅後、田中は改めてアプリを開いた。基準価額の数字を見ても、心が揺れない。代わりに、次に何を学ぶべきかが浮かんだ。
窓の外は夜だった。暗い中で、街灯がぽつぽつと光っている。ゼロから始まった資産の物語は、決して派手ではない。けれど一つ確かなことがある。
それは、判断を重ねることで、人は変わるということだ。
田中は、明日もまた学ぶのだろう。そして次の給料日を迎える時、彼はまた別の判断をしているに違いない。物語は終わらない。ただ、その歩幅が少しずつ変わってゆくのだ。
(完)
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