第4話
判断の疲れと、誰かの視線
返信の手が止まった。
「手伝いに行こうか」という申し出は、いつもなら素直に喜ぶところだ。だが今は、他人を部屋に入れることへの抵抗感が生まれていた。
それは単なる恥ずかしさではない。箱に入った自分の持ちもの——買ったきり使わなかった本、季節外れの服、もらったけれど好きではない食器——それらを誰かに見られることが、自分の選別基準まで評価されるような気がするのだ。
「大丈夫、自分でやる」と返した。
夕方、再び床に座る。疲れはさらに深まり、判断力は更に落ちている。時間をかけすぎたのだろう。あるいは、選別という行為そのものが、思った以上に心理的な負荷だったのかもしれない。
手に取ったのは、数年前にもらったギフトセット。包装は既に開かれ、中身は半分ほど使われたままだ。「いつか使おう」と置いてあった。その「いつか」は来ず、いまや置き場所さえ曖昧になっていた。
捨てるべきか、持つべきか。その判断が、なぜこんなに重いのだろう。
ふと、昨年見送った部屋の写真を改めて見返す。あの狭い空間で、本当に満足できるのか。それとも、今この瞬間の疲れた心が、現実よりも理想を求めているだけなのか。
何が必要で、何が不要なのか。その線引きは、引っ越しという物理的な出来事では決まらない。自分の心が、どこにあるのかによって、毎回変わるのだ。
明日、再び同じ箱と向き合うことになるだろう。今夜は、判断を止めるしかなかった。
続きはまもなく
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