第3話
心が反応する瞬間
三日間で部屋全体を片付けるのは、想像以上に消耗戦だった。
翌日の朝、再び床に座って箱と向き合う。昨日の勢いは失われ、判断が鈍くなっていることに気づく。疲れているのか、それとも選別の基準がぶれ始めたのか。同じシャツでも、きょうは「もしかしたら着るかもしれない」と考えてしまう。
心が反応するか否か。昨日はそれが明確だった。だから選べた。
しかし今、その感覚が曖昧になっていく。持ちものとの距離感が、少しずつ変わり始めているのだ。
例えば、十年前に買った調理器具。使ったことはほぼない。でも高かった記憶だけは残っている。手放すのに躊躇する。金銭的な損失よりも、選択を誤ったことへの向き合いにくさが、手を止めさせるのだ。
それでも、新しい部屋の間取りを思い出すと、優先順位は変わる。狭いキッチンには、毎日使うものだけを置きたい。その潔さが、理想の生活に見えた。
スマートフォンに別の物件の写真も保存されていることに気づく。昨年、内見に行った部屋だ。あのときは「少し狭いかな」と見送った。今、その写真を見返すと、むしろ心地よく見える。なぜなら、必要な物を選り抜いた自分なら、その空間を活かせるような気がするからだ。
引っ越しが単なる場所の移動ではなく、生活そのものの再構築であることに、ようやく気づき始めていた。
午後になり、友人からのメッセージが届く。「手伝いに行こうか」と。いつもなら即座に返事をするところだが、今回は返信を躊躇する。他者が入ることで、判断の軸がぶれないか。その不安と、一人で完結させたいという思いが混在していた。
あと二日。残された時間の中で、何をさらに選り分けるのか。そして、それ以上に大切なのは、選ばなかったものたちと、どう別れるのかということだった。
続きはまもなく
目次