第3話
第3話 判定基準の喪失
夜中の2時、ベッドの上で天井を見つめていた。
戻すか、戻さないか。その判断をするために、僕は何を基準にすればいいのだろう。
スマートウォッチがあった頃は簡単だった。朝起きてアプリを開けば、昨夜の睡眠スコアが数字で教えてくれる。80点以上なら「良い睡眠」、60点以下なら「改善が必要」。その結果に一喜一憂し、次の夜はどうすればスコアが上がるかを考える。それの繰り返しだった。
でも今、その数字がない。同僚に「顔色がいい」と言われたのは嬉しかった。でもそれは客観的な評価であって、自分の睡眠の質を証明するものではない。朝、体がすっきりしていると感じるのは主観だ。その主観を信じていいのか、それとも信じてはいけないのか。
僕は気づいてしまった。デジタルデバイスに頼っていた理由は、単なる便利さではなく、判定基準が欲しかったからなんだ。良い悪いを自分で決めることの不安定さから逃げるために、アルゴリズムに判定を委ねていたんだ。
スマートウォッチを外すことは、その判定基準をも手放すことだった。
夜明け前、ようやく眠気が来た。でも目を閉じる直前、ふと考えた。もしかして、僕が本当に手放さなければならないのは、デバイスではなくて、「数字で自分を評価する習慣」そのものなのではないか。
朝日が部屋に差し込む中、目が覚めた。今日も時計を確認する癖で手首を見たが、何もない。その空白感は、もうそこまで不安ではなかった。代わりに、別の感覚が生まれ始めていた。
仕事帰り、僕は新しいノートを買った。スマートウォッチの替わりに、毎朝自分で睡眠について書き残してみようと思ったのだ。スコアではなく、その日の気分や体調を、自分の言葉で。
続きはまもなく
目次