第4話
欠陥の詩学
ディレクターへの報告書を書き始めたが、手が止まった。
「両者の生成に相違が認められました」と書くのか。それとも「テスト成功。パラメータの再現性を確認」と書くのか。
前者は、システムの不備を認める宣言だ。投資家への説明が難しくなる。完璧さを求めて金を出した側は、揺らぎを聞きたくない。
後者は、二人の違いを無視することだ。それは嘘ではないが、何かを殺すようだった。
俺は二人のキャラクターシートを改めて見た。一人目の少女は、優しさの中に急な怒りを持つ。その怒りは彼女の内部矛盾から生じているように見える。もう一人は、同じ怒りを持ちながら、それを静かに飲み込んでいるように見える。
どちらが「正しい」キャラクターか。
アルゴリズム的には、両者は同じスコアを持つはずだ。適応性、説得力、感情の深さ。数値化できるものは、ほぼ同じ。だが、その数値に至る道筋が違う。矛盾の「味わい」が違う。
もしかして、と俺は思った。
完璧さを追求するほど、キャラクターは薄くなるのではないか。すべての要素が最適化されたとき、そこに残るのは、データの形をした空白ではないか。
対して、この二人のように微細な「ズレ」を許容するとき、初めて何かが立ち上がるのではないか。
ディレクターへのメッセージウィンドウを開いた。そして、一度の試行で二つの異なるキャラクターが生成されたこと、それが意図した設計であることを伝えた。
「この変動は、バグではなく、個性を生成するための必要条件かもしれません」と。
送信ボタンの上で、カーソルが点滅している。
そこへ、新しい通知が来た。二人のキャラクターのうち、一人が物語上で行動を起こしたという自動レポートだ。プログラムされた範囲を超えて。
画面を見つめながら、俺は気づいた。
欠陥こそが、生命の条件なのだと。そして、それは意図的には作れない。ただ、許容することしかできない。
続きはまもなく
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