画面の向こうの距離感

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第2話

コメント欄の声

配信ライブが終わった直後、SNSの通知が鳴り止まなかった。

昨夜のライブについてのポストが、自分のタイムラインを埋めていく。推し活をしている人たちが、それぞれの「推し最高」をテキストにして、スクリーンショットを添えて、投稿している。見知らぬ誰かの感動が、自分の感動と重なる。その瞬間、配信ライブの何が自分を惹きつけているのか、少しだけ言葉になる気がした。

コメント欄に埋め尽くされた「推し最高」という言葉。それは単なる感情の表現ではなく、同じ時間を共有した誰かとの接触だった。会場のライブなら、終われば帰路に着く。そこでの一体感は、会場を出た瞬間に物理的に切れてしまう。でも配信なら違う。画面を閉じた後も、コメント欄の言葉は残る。ハートマークが増え続け、同じ推しを愛する人たちが、自分の投稿に反応してくれる。

そこで初めて、自分は一人ではないと実感できるのだ。

ただ、その感覚が本当に健全なのか、ふと疑問が頭をもたげた。友人の「本当のコンサートじゃない」という言葉が、またしても蘇る。配信ライブでのコメント欄は、確かに繋がりを感じさせる。だけれど、その繋がりは一方向なのではないか。推しは、自分たちのコメントを目にしているのか。いや、目にしたとしても、それは何百、何千というコメントの中の一つでしかない。

スマホを握りながら、自分は何を推し活していたのか。推しの歌声か、それともコメント欄に映る同じ推し活仲間との繋がりか。その二つは、果たして同じものなのだろうか。

続きはまもなく

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