第5話
夜空の問い
佐藤は医師から受け取った処方箋を何度も読み返した。薬ではなく、指示。夜間に外に出て、空を見つめよ――それだけ。
理屈が理解できなかった。眠りを取り戻すために、わざわざ夜に外出する必要があるのか。だが、医師の目は真摯だった。疑問を挟む余地はなかった。
翌夜、佐藤は午後十時に家を出た。自宅近くの公園に向かう。街灯に照らされた道を歩きながら、自分が何をしようとしているのか、今一つ掴めずにいた。
公園に着くと、ベンチに腰を下ろした。上を見上げる。いくつかの星が見えた。都会の光に消されながらも、かろうじて存在を主張している星々。
脳裏に浮かぶのは、この一週間の自分だ。眠れるようになった喜び。仕事の能率が上がったこと。朝、目覚ましより先に目が覚めることの心地よさ。すべてが好転したように思えた。
だが医師の言葉が耳に残っていた。『人生の眠りから目覚めるには、もっと時間がかかります』
その意味を、佐藤はまだ理解していない。体は目覚めた。それ以上に何があるというのか。
ふと、隣にひとりの女性が座った。中年の女性で、佐藤と同じく空を見つめていた。二人は言葉を交わさず、ただ夜空を見続けた。
何分経ったのか、女性が口を開いた。
「ここにいると、時間が止まっているように感じませんか」
佐藤は女性を見た。見ず知らずの人物だ。だが、その問いかけには重みがあった。
「そうですね」佐藤は答えた。
「私も医師に勧められて、毎晩ここに来ているんです。最初は意味がわかりませんでした。でも、ここに来るようになってから、自分が何から逃げていたのかが見えてきた」
女性は再び空を見上げた。
「眠ることと、眠らないこと。どちらが大切だと思いますか」
佐藤は答えられなかった。その問いの奥行きに、自分がようやく気づき始めていたから。
夜空は、何も答えてくれなかった。ただ、星は変わらず佐藤を見守っていた。
続きはまもなく
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