第5話
軌道修正のコスト
選択肢が増えることは、時に苦しさをもたらす。
転職、留任、異動。どれを選んでも、来年また同じ問いに直面するだろう。その認識は、むしろ気を楽にしてくれた。一度の決定が人生を決めるわけではない。だとすれば、今この瞬間で最適な選択をするしかない。
だが、「最適」とは何か。
転職先の給与は現在より高い。ただし、入社後の評価が定まるまでは、ボーナスが減る可能性がある。現在の部門での昇進も現実的だが、それには更なる時間を要するという。異動という選択肢は、給与は変わらないが、新しい領域を学べるという点に魅力があった。
それぞれのシナリオで、毎月の投資に回せる金額は変わってくる。新NISAの年間360万円の枠を生かすには、それなりの収入が必要だ。だが、生涯の収入を最大化することだけが、人生設計ではないはずだ。
スマートフォンを手に、再び投資信託のシミュレーションを眺めた。月10万円と月15万円では、30年後いくらの差になるのか。計算機は冷徹に数字を並べる。
しかし、画面の向こう側にあるのは、単なる金額ではない。それぞれの選択に伴う、仕事の質、学べることの深さ、人間関係の変化。目には見えない資産が、そこには隠れている。
田中が言った言葉を思い出す。「制度は道具に過ぎない」と。そうなら、自分にとって何が本当の資産になるのか。その問いに、給与表だけでは答えられない。
来週、複数の面接が控えていた。その中で、自分の違和感や高揚感を丁寧に観察してみようと決めた。数字では見えない何かが、そこにはあるはずだ。
続きはまもなく
目次