引き算の日常

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第8話

第8話 手放したあとで見えたもの

手帳と資料を前に、私は長く考えた。

新入社員だった自分は、確かに不安だった。だから記録を残し、失敗から学ぼうとした。その姿勢は間違っていなかった。ただ、その記録に固執しすぎて、今の自分は過去に安心を求め続けていたのではないか。

古い手帳のページをめくる。「いつかやりたいこと」のリストを見返してみた。全部ではないが、いくつかは既に実現していた。気づかないうちに、進んでいたのだ。

それなら、もう手放してもいいのではないか。

自己啓発書も、仕事用の古い資料も。それらは当時の自分を支えてくれた。ありがとう。そう言って、手放す準備をした。

一つずつ、丁寧に。焦りはなかった。

部屋が少しずつ空いていく。机の上の物が減る。すると、不思議なことが起きた。心が軽くなったのだ。でも、それ以上に大切な変化があった。新しい本が欲しくなった。新しい方法を試してみたくなった。失敗することすら、もう怖くなくなっていた。

なぜなら、もう過去に答えを求める必要がなかったから。

仕事用のノートパソコンの画面を新しいプロジェクトで埋める。メールの未読は、一つずつ片付けた。古い資料に頼ることなく、今の視点で考える。すると、前よりも速く、新しいやり方が見えた。

五年前の手帳は、もう手元にはない。でも、その時の不安も期待も、ちゃんと自分の中に残っている。物としてではなく、経験として。

部屋を見回る。今、この空間には必要なものだけがある。心も体も、少し軽い。

引き算は、ただ失うことではなく、次へ進むための道作りだったのだ。

(完)

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