第7話
理由を問い直す
引き出しを開けた時、最初に目に入ったのは古い手帳だった。
五年前、新入社員だった頃の日記。ページをめくると、当時の自分の筆跡で埋め尽くされている。仕事の失敗、人間関係の悩み、そして「いつかやりたいこと」というページには、今は忘れていた夢がいくつも書かれていた。
なぜこれを残していたのか。その理由は、すぐに浮かんだ。
失敗を記録することで、同じ間違いを繰り返さないようにしたかったのだ。未来の夢を書くことで、今を頑張る理由にしたかったのだ。つまり、この手帳は「当時の自分への信頼」だったのだ。
しかし今、その手帳を読み返すと、別のことに気づく。当時の自分は、今の自分よりずっと不安そうで、もっともっと頑張ろうとしていた。そして、その痕跡を保存することで、自分はずっと「その時の不安」を手元に置き続けていたのではないか。
テーブルの上に手帳を置いたまま、仕事用のノートパソコンを開く。メールの未読が三十七件。締切の近い案件のフォルダを見ると、前職の資料が何度も参照されている。あの時の知識が、今も役に立っているのだ。だからこそ、手放せずにいた。
しかし同時に、その古い資料に頼ることで、自分は新しい方法を探すのを後回しにしていなかったか。物を残すことは、時に前へ進むことを遅くすることなのかもしれない。
部屋の隅に積み重ねられた、これまで買った自己啓発書。「手放す勇気」「シンプルな人生」「今を生きる」。タイトルは立派だが、それらを読んでも、部屋は片付かなかった。むしろ、本を読むことで「正解を知った気になり」、行動を先延ばしにしていたのではないか。
午前二時。明日の朝礼の準備をしながら、不思議な感覚に包まれている。
物を手放すことは、簡単ではない。だが、物を残すことにも、見えない代償があるのだ。それは、物が占める空間だけではなく、その物を「正当化し続ける心の労力」なのかもしれない。
同期に、また連絡してみようか。いや、今度は聞き方を変えよう。「何を捨てたか」ではなく、「何を残すことにしたのか、そしてなぜか」を。
引き出しはまだ開いたままだ。明日の朝日が差し込む前に、決めなければならないことがある。手放すか、残すか。ではなく、その選択と、その後の自分がどう変わるのかを。
続きはまもなく
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