第6話
市場の声、心の声
市場全体の動きを知りたい。そう思い立った田中は、スマートフォンの画面をスクロールしていた。
株価指数が上昇した、円相場が変動した、新興国の経済指標が云々。画面に流れる情報は、まるで別世界の出来事のように見えた。だが、どれもこれも自分の千円と無関係ではないはずだ。投資信託の基準価額は、こうした市場全体の動きの中で揺らいでいるのだろう。
午前二時。いつの間にか深夜になっていた。知らない言葉が積み重なるほど、田中の不安は増していった。アルゴリズム、ポートフォリオ、ヘッジ。理解できない概念が次々と現れる。
翌朝、同僚の田中は疲れた表情で会社に到着した。佐藤に勧められたアプリを開くと、基準価額は前日比でわずかに下がっていた。その瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。千円が減っている。その事実が、金額以上に重く感じられた。
昼休み。迷いながらも、田中は佐藤を探した。
「朝、下がってしまいました」と報告すると、佐藤は予想通りといった表情だった。「大事な質問がある。その下げを見て、君は何を感じた?」
「失敗だったのかな、って」
佐藤は首を傾げた。「失敗?まだ売ってないじゃないか。それに、市場が下がることは当たり前。問題は、その時に君がどう判断するか。売るのか、待つのか。その判断基準は何か。昨晩、何か調べた?」
田中は夜中に読んだ記事の断片を思い出した。「色々読んだけど、何が正しいのかわかりませんでした」
「それでいい。情報を集めることは大事だ。でも、調べれば調べるほど、相反する意見が出てくる。重要なのは、その時に自分の軸を持つことだ」
佐藤は続けた。「君の千円は、何のために投資したんだ?」
質問は単純だった。しかし田中は、即答できなかった。
続きはまもなく
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