第8話
測定できないもの
Bさんの言葉が、室内に静寂をもたらした。
私は検査データを見つめた。脳波、眼球運動、筋電図。すべてが「正常な睡眠」を示していた。だが、その正常さの背後で、何かが繰り返されていたのだ。
「脳が処理している」坂下が呟いた。「トラウマの統合作業か。」
私は頷いた。だが頷きながら、ある違和感に気づいていた。
この数ヶ月、患者たちを観察してきた中で、私たちが「睡眠不足」と診断していたものの本当の姿が見え始めていたのだ。それは単なる時間不足ではなく、眠りそのものが何かに占拠されている状態だったのではないか。
「先生、」Bさんが身を起こした。「これからも、毎晩あの夢を見るんでしょうか。」
「分からない」私は正直に答えた。「だが、あなたの脳は確実に何かをしている。」
それから一週間後、Bさんは退院した。睡眠導入剤の処方はなかった。代わりに、日記をつけることと、その夢の変化を記録することを勧めた。
検査室に戻った私は、初心に立ち返る決意をしていた。
ここは睡眠の研究所ではなく、人間が夜の間に何をしているのかを問い直す場所なのだ。数値では測れない営みの中で。
(完)
目次