小さな引っ越し術

6/6

第6話

新しい部屋で、時間が動き始める

朝日が部屋に入ってくる角度が、前の部屋とは違っていた。

主人公は目を覚ましてすぐに、その光の差し方を確認した。窓枠の位置、太陽の軌跡、光が壁に作る影のパターン。新しい環境は、小さなことから認識させてくれる。

昨晩の判断は間違っていなかったようだ。ごみ袋に詰められた「かつての自分」が、玄関の前に積み重なっている。売却予定のものは段ボール箱に、寄付予定のものは別に分けられていた。その過程で、部屋に残ったものの輪郭がはっきりした。

主人公は立ち上がり、台所へ向かった。引っ越しの直後で、キッチンはまだ本格的には機能していない。だが、最低限の道具はもう箱から出してある。ここ数日、本当に使うものだけを判別してきた結果だ。

朝食を作りながら、主人公は気づく。これまでの引っ越しでは、前の部屋から持ってくるものの「重さ」だけを感じていた。けれど今は、新しい部屋に「何を持ち込まないか」という選択の軽さを感じている。

窓から、隣の建物が見える。昨日は見なかった。今日は見ている。毎日同じ風景が変わって見えるのは、自分の視線が変わったせいだろう。限られた空間でも、その中での移動はある。視点の変化は、思わぬ発見を生む。

食事を終えた後、主人公は一冊の新しいノートを手にした。前の部屋で見つけた、あの色褪せた雑誌の切り抜き。それに写っていた「何か」をもう一度、今の自分の言葉で書き直してみようと思った。三年前に忘れてしまった輪郭を、新しい部屋という環境の中で、改めて描き直す。

ペンが紙に触れた時、手応えがある。小さな部屋で、今日という日が、昨日とは違う何かを始めようとしていた。

続きはまもなく

目次

コメント