山靴が語ること

6/6

第6話

山靴が語ること 第6話「選択肢の海で」

「君の場合、今は『何が足りないのか』がまだ見えていない段階だと思う。それは欠点じゃなくて、これからの登山の中で見つかっていく、必然的な段階なんだ」

田中さんの言葉は、ある種の安堵感をもたらした。同時に、初心者の僕を優しく突き放すような響きもあった。

「では、最初のザックはどんな基準で選べばいいんでしょう」

「そうだな。『いま登ろうと思っている山に、実際に持って行ける重さと容量か』『背負ってみて、違和感がないか』『修繕できる素材か』この三つくらい。あと重要なのは『店員に『初心者です』と素直に言うこと』。恥ずかしいことじゃない。むしろ、その情報があると、店員も見当違いな提案をしなくて済む」

僕はノートに書き記した。高級さを求めることより、正直さを優先させる。その発想が、山の文化にはあるのだと感じた。

「実は」と田中さんが付け加えた。「君がここで迷って、店に行って、試して、失敗するその過程が、この先の登山の全部を決めるんだ。道具選びって、山での判断力の入口なんだよ」

窓の外は、もう夕方だった。

続きはまもなく

目次

コメント