第5話
山道具の『年輪』を読む
田中さんの古いザックを手にとると、思った以上に重かった。でも、その重さは単なる素材の重さではなく、使い込まれた時間の重さのように感じられた。
「これ、何年目ですか」と聞くと、田中さんは笑った。
「数えるのをやめて久しい。でも十年は超えてる。最初に買った時は『軽さ最優先』って考えて、とにかく安いやつを選んだんだ。一年目は良かった。でも二年目、三年目で、背中が痛くなったり、肩ベルトがすり切れたり、いろんなことが起きた。その度に修繕して、その度に『次に買う時はここをこうしよう』って思ってきた。だからこれは、僕の失敗と工夫の履歴書みたいなもんだ」
僕は改めてザックの修繕箇所を見つめた。確かに、そこかしこに意図的な補強や改造が施されている。
「初心者向けのザックを買ったら、すぐに高いのに買い換えることになるんですか」と恐る恐る質問した。
「なるとは限らない。大事なのは、自分の使い方に合わせて道具と向き合い続けることなんだ。このザック、実は今、新しいのを買おうかどうか迷ってるんだよ。でも迷う理由が『このザックに足りないもの』が明確に見えてるから、次は何が必要か分かってる。その分かり方は、十五年の山の中でしか得られなかった」
田中さんは机に戻り、別のページを開いた。そこには高級なザックが並んでいたが、彼の指は一つの商品には止まらず、ページ全体を眺めていた。
「君の場合、今は『何が足りないのか』を知る段階。だから安くても高くても、一度山に持ち込んで、その道具と付き合ってみることだ。そのザックがお前の山道具の年輪の第一年目になる。それでいいんだ」
続きはまもなく
目次