数字の迷宮

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第5話

第5話 対話の始まり

会議室に入ると、上司の田中課長は既に席に着いていた。資料が机の上に積み重ねられている。主人公は深く息を吸った。

「お疲れ。で、どう見た」

短い問い。その背後には、評価を求める視線があった。主人公は言葉を選ぶ。

「技術的には問題ありません。ですが、いくつか解釈の余地がある部分があります」

曖昧だ。だが、断定は避ける必要がある。田中課長は首を傾げた。

「解釈の余地?」

「はい。例えば、顧客満足度の推移グラフなのですが、調査対象の層が変わっているように見えます。同じ母集団で時系列比較していないと、トレンド自体の信頼性が…」

主人公は言い淀んだ。上司の表情が硬くなった。

「前任者もそう言わなかったが」

「はい。統計手法自体は正当です。ただ、その運用の仕方について、確認が必要だと思うんです」

ドア越しに、佐藤が廊下を通る足音が聞こえた。あの後輩からのメッセージのことが脳裏をかすめた。自分一人で言うのではなく、根拠に基づいて伝えるべきだ。

「データを持ってもいいですか。具体的に、どこにどの問題があるか、一緒に確認させていただけませんか」

田中課長は沈黙した。机の上の資料を見つめている。やがて、鼻をかすかに鳴らした。

「月曜の経営会議で報告することになっている。この資料を。勝手に変えるわけにはいかんぞ」

「承知しています。ただ、後から指摘される危険性を考えると…」

「危険性」。その言葉が効いたのか、田中課長は目を上げた。

「わかった。今夜、詳しく聞く。でも、証拠は要るからな。感想じゃなくて」

会議室を出た主人公は、佐藤のメッセージに気づいた。『時間ありますか?』

二人は別室で落ち合った。佐藤は前任者の分析ノートを広げていた。そこには、赤いペンで何本も線が引かれていた。

「ここ、見てください。母集団の定義が、年度の途中で変わってます」

主人公は、その指摘の正確さに驚いた。後輩は、自分より先に、より深い層の問題に気づいていたのだ。

これは、単なる報告の修正作業ではなくなり始めていた。データを前にして、複数の視点が交差し始めたのだ。

続きはまもなく

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