第8話
第8話 見方が変わった朝に
プロジェクト管理ツールの画面を眺めていると、チャットに上司からのメッセージが入った。「午後の会議、君が主導してくれないか。クライアントが新しい方向性について意見を聞きたいらしい」。
以前なら、この依頼を「信頼されている」と単純に受け取っていたかもしれない。だが今は違う。なぜ自分なのか、その理由が少し見えている。判断力。対応力。人間関係スキル。棚卸しで書き出した、一度は「専門的ではない」と評価した項目たちだ。
返信に「了解です」と打ち込む。その指の動きは、昨日までより少し軽い。
昼食を取りながら、同期の部下が近づいてきた。「先輩、キャリアについて相談したいことがあるんですが」。彼は現在、自分がかつて感じていたのと似た停滞感を抱えているようだった。かつての自分なら、「とりあえず新しい資格を取ってみては」程度の返答をしていたかもしれない。
しかし今は違う。「一度、ここ一年で自分が何をしたか、整理してみない?」と提案した。相手は少し首をかしげたが、「やってみます」と返ってきた。
午後の会議室で、クライアント担当者と向き合う。新しい方向性について、彼らが何を求めているのかをまず聞く。その過程で、相手の懸念、その背景にある制約条件が浮かび上がってくる。それらを踏まえて、複数の選択肢を提示する。
かつての自分は、「最も正解に近い答え」を出すことに執着していた。だが今は、状況に応じた判断の過程を示すことの方が大切だと気づいている。それが、相手の信頼を生む。
会議が終わると、クライアント担当者から握手を求められた。「こういう進め方、好きです。引き続きお願いします」。その言葉は、評価というより、確認のように聞こえた。
帰路の駅で立ち止まる。かつての自分なら、この時間を求人サイトで過ごしていたかもしれない。だが今、その時間は必要ない。自分の価値がどこにあるのか、まだ完全には把握していない。だがもう、それを探し求める必要はないのだ。
自分が持っているものを、より深く理解していく。それが次のステップなのだと、ようやく腑に落ちた。
明日も、同じ席で、同じ仕事が待っている。だが その向き合い方は、きっと違うものになる。
(完)
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