収支の向こう側へ

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第6話

パターンの中の違和感

一週間が過ぎた。

アプリの記録画面には、七日分のデータが積み重なっていた。曜日ごとに色分けされた支出は、思ったより規則正しかった。平日の食事代はほぼ同じ金額。移動費も、勤め先への往復がほとんどを占めている。

予想通りといえば予想通りだ。だが、その規則正しさの中に、ひとつだけ異なる日があった。

木曜日。その日だけ、カテゴリー欄に「その他」という項目が増えていた。三千五百円。何に使ったのか、思い出そうとしても、記憶が曖昧だ。アプリを開いた時、メモ欄に何も書いていなかったからだ。

これまでは、支出の背後にある選択が見えると思っていた。だが、その見えるはずの選択が、実は見落としているものがあるのではないか。その問いが、スマートフォンの画面を見つめる指を止めさせた。

木曜日の夜のことを、改めて思い出そうとする。仕事帰り、駅前でなにかを買った記憶がある。だが、何を、なぜ買ったのか。その理由が、きれいに消えている。

お金の流れを記録することで、自分と向き合えると思っていた。しかし、三千五百円という金額は、その向き合いの中から零れ落ちていた。それは、無意識のうちに使ったお金だったのかもしれない。あるいは、記録する価値がないと判断した支出だったのか。

いずれにせよ、その曖昧さが、新しい問いを生み出していた。お金の記録とは、自分が何を大切にしているかを知るための窓口ではなく、何を見落としているのかを知るための窓口なのではないか。

アプリの記録をスクロールしながら、彼は考えた。管理とは、制限することではなく、見つめることなのだと思っていた。だが、見つめるだけでは足りない。見落としているもの、意識していないもの、それらと出会う覚悟が、本当は必要なのかもしれない。

木曜日の三千五百円を、もう一度、探りに行く必要があった。

続きはまもなく

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