第6話
第6話 余白の声
会議室を出たとき、主人公の頭はまだ資料の数字で満ちていた。だが、階段を下りる足取りは、数日前とは違っていた。
机の上のペンを整理したあの日から、何かが静かに動き始めていた。朝のクローゼットでの時間は確実に短くなった。選択肢が減ることで、かえって決断は鮮明になった。グレーのコート。黒いカットソー。ボトムは紺か黒か、その二択。
それなのに、なぜか心は晴れていた。
オフィスに戻り、デスクを見ると、昨日始めた引き出しの整理が目に入った。ペンスタンドはすっきりしている。その隣には、取り出した不要なものを入れた箱がある。去年の名刺、壊れた計算機、説明書だけ残ったUSBケーブル。どれもが「もしかして」の産物だ。
同僚の田中が、その箱を見て声をかけた。
「片付けですか」
主人公は頷いた。説明することに、躊躇いはなかった。
「選ぶ作業です。何が本当に必要か、その繰り返しです」
田中は少し考えてから、自分のデスクを眺めた。そこには、主人公の机と同じような「いつか」の堆積がある。その視線に気づいた主人公は、急かすことなく、ただ黙っていた。
この沈黙にも、主人公は気づいていた。以前なら、この空白を埋めようと誰かに話しかけていただろう。だが今、その余白は不快ではなく、むしろ必要なものに感じられた。
夕方、主人公は帰宅前にスーパーに寄った。夜ご飯の食材を買う。以前は、ついつい「後で使うかも」と余分に詰め込んでいた。今日は違った。今夜、明日の朝に必要なものだけ。その決定が、こんなに簡単だとは思わなかった。
レジで会計をすませながら、主人公は考えていた。
自分の人生から、どれほどの「いつか」を取り除くことができるのだろうか。そして、その先に何が見えてくるのか。
家に着き、玄関を開けた。部屋は昨日よりも広く感じられた。
続きはまもなく
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