第8話
第8話 続く理由
ペンを握ったまま、しばらく動かしませんでした。
四ヶ月目の朝、いつものように机に向かったのですが、何かが違いました。ノートを前にして、今まで感じたことのない静けさが訪れたのです。焦りではなく。迷いでもなく。ただ、静かな充足感。
田中さんに「続けるのが難しくなったことはありますか」と聞かれたのは、その日の午後でした。最初は「あります」と答えかけました。技術的な壁、モチベーションの波。いくらでも理由は思い当たります。
でも、言葉をのみ込みました。
「難しいことと、続ける理由は別なんだと気がついたんです」
彼女は頷きました。「その通りです。難しさの中にこそ、理由は隠れている」
考えてみれば、ここまで来る道のりは平坦ではありませんでした。手が動かない日も、何も生み出せない日も、何度もありました。でも続ける中で、私は何を求めていたのかがようやく見えてきたのです。
それは上達でもなく、完成でもなく、もっと素朴なもの。毎日、ペンを握ることで、自分と向き合う時間を持つこと。その積み重ねの中で、少しずつ変わっていく自分を信じることでした。
その夜、仲間たちと顔を合わせました。皆、どこか穏やかな表情をしていました。同じように、小さな習慣の中で何かを掴みかけているのだと感じられました。
「これからも続けますか」誰かが聞きました。
答えは自動的に出ました。「続けます」
それは選択というより、もう生活の一部になってしまったのです。完璧を目指さずに、ただ毎日を重ねること。その中で見つかる小さな変化を感じ取ること。他者の歩みに優しく寄り添うこと。
ノートの最後のページに、私は書きました。
「続く」
それだけです。技巧的な言葉も、華やかな説明も必要ありませんでした。ただその二文字が、これから先へ繋がっていく、続いていく何かを静かに約束していました。
ペンを置いて、窓の外を見やりました。明日もここに座るのだろう。その明日が、もう待ち遠しくてたまりません。
(完)
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