第5話
第5話 重なる足音
走り始める。だが、今朝の走りは昨日のそれとは異なっていた。
呼吸のリズムが定まらない。いつもは自分の心臓の音だけが聞こえる時間なのに、背後に残された相手の存在が、まるで幽霊のように付きまとう。運動場の反対側へ消えたはずなのに、その人もまたこの場所で朝を迎える者なのだという事実が、妙な連帯感を生み出していた。
五周目に差し掛かったとき、東の空がわずかに明るくなり始めた。夜明けが近い。いつもはこの瞬間が好きだった。世界が目覚める前の、静寂と光の狭間。だが今朝は違う。空が明るくなるにつれ、運動場全体が露わになっていく不安感がある。
昨日の誰かはまだ来ていない。いや、来るのだろうか。朝練という言葉で、すべてが説明された気がした。あの人も、自分も、ここで朝を過ごす者たち。その程度の関係性に過ぎないのかもしれない。
しかし一方で、昨日の出来事は何だったのか。あの視線、あの存在感。それは単なる「朝練をしている人」では説明できない何かがあった。
十周目。呼吸が整ってきた。いつもの感覚が戻り始める。同時に、自分の迷いも可視化される。朝練という日常的な行為の中に、何かが侵入してきたのだ。それが良いものなのか、悪いものなのか、まだ判断がつかない。
運動場を一周するたびに、空はますます明るくなる。やがて太陽が昇れば、この場所は誰もが来られる公共の場に戻るのだろう。その前に、何かを決めなくてはならない気がした。だが、何を決めるのか、自分でも分からないままだった。
足は止まらず、朝は確実に進んでいく。
続きはまもなく
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