第2話
第2話 同じカフェ、異なる壁
「ああ、はい。先週登録したばかりなんです」と佐藤は答えた。
女性は隣の席に腰を下ろした。年は同じくらいだろうか。ノートパソコンの画面には、色鉛筆で描かれたスケッチが映っていた。
「私もです。実は、きょうのテーマを見て、このカフェに来てみようって思って」と彼女は笑った。「ゼロ文字の日との向き合い方」という題目について、サロンのメンバーたちがどう考えているのかを、画面越しではなく、実際に話す相手を探していたのだという。
「僕も、同じ悩みを抱えてる人が本当にいるんだって、驚いてたところで」
ふたりは名前を交わした。女性は水卜美咲。グラフィックデザイナーで、最近は自分のイラスト集を作る企画を進めているという。
「でも、毎日は描けないんです。仕事が忙しい日は、一枚も描かない。そういう日が続くと、頭の中でやることが増えすぎて、逆に手が動かなくなる」
佐藤は頷いた。それは自分の経験と重なった。完璧な記事を書こうとしすぎて、書き始めることができない。そんな悪循環に何度も陥っていた。
「サロンの投稿を見てると、みんな工夫してるんですよね。毎日、ほんの少しずつでもいいから続ける。その継続が、いつか作品になる。理屈ではわかるんですが」
美咲がコーヒーを飲んだ。画面を見ると、サロンにはすでに新しい投稿が増えていた。
「今週のチャレンジ」というスレッドで、メンバーたちが自分の目標を宣言し始めていた。毎日三百文字、毎日一ページ、毎日十分のデッサン。人によって異なるが、みんな小さく、実現可能な目標を設定していた。
佐藤は、美咲に尋ねた。「あなたは、どんな工夫をしてますか。ゼロの日を減らすために」
美咲は少し考えてから答えた。「最近、朝に五分だけ描くことにしました。朝日が入るこのカフェにきて、コーヒーを飲みながら、ラフを描く。それだけ。完成させようとか、上手くとか、考えない。ペンが動く、その時間だけ」
その言葉が、佐藤の胸に落ちた。彼は、毎日午前七時にこのカフェに来ていたが、その時間を有効活用していなかった。ただ完成しない記事を眺めて、コーヒーを飲むだけ。
「僕も、試してみようかな。朝、このカフェで五分だけ、書く。完成させなくていい、ただ書く」
ふたりは顔を見合わせた。小さなチャレンジの始まりだった。
窓の外では、朝日がビルの間から差し込んでいた。カフェの時計は七時三十分を指していた。
続きはまもなく
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