第6話
第6話 コーヒーの味わい方
マスターは彩の迷いを察したのか、黙ってコーヒーを淹れていた。湯気が立ち上る音が、静寂を優しく満たす。
彩がノートのページを見つめていると、マスターが話しかけてきた。
「本を読んでるんですか」
「はい。読書の記録を……」
彩は言い淀んだ。この店に来たばかりなのに、自分の悩みを話す気がした。それは、この空間に何かがあるからかもしれない。
「記録ですか。珍しい」
マスターは、カウンターの奥から古いノートを取り出した。表紙は褪せた紺色で、ところどころ折り目がついていた。
「うちもね、来た客の話を聞くことが多くてね。その時の気づきを、こんな感じで残してるんです」
マスターが開いたページには、短い言葉がいくつか書かれていた。日付はなく、人物名もない。ただ、会話の断片と、そこから生まれた疑問が記されていた。
「本を読むのと、人の話を聞くのって、似てるんじゃないかな。どちらも、その時に何を感じたのか。それが大事だと思う」
マスターは、コーヒーカップを彩の前に置いた。湯気が彩の頬に触れる。
彩は、先輩のペンを握った。そして、ノートに書いた。
『なぜ、人は記録を残すのか』
その瞬間、彩は気づいた。この喫茶店に来たのは、本当に偶然ではなかったのかもしれない。このノート、このペン、そしてマスターの言葉。すべてが、何かの続きのように感じられた。
「美味しいコーヒーの味も、飲み込んだら忘れちゃいますからね。だから、また来たくなるんですよ」
マスターは、そう言って笑った。
彩は、コーヒーを一口飲んだ。苦い。でも、その味わいが、ノートの一行と何かでつながっている気がした。
続きはまもなく
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