第7話
母の弁当箱、新しい時間へ
友人の言葉は、シンプルだった。でも、その中に、私が長く探していた答えがあるように感じた。
「時間が流れ始める」。
それまで私にとって、母の弁当箱は「失われたもの」の象徴だった。完璧に保存し、何かの記念にしまっておくべき物。だから手放すことも、使うことも、怖かった。使えば傷がつく。傷がつけば、それは失われた時間を思い出させる。そう思っていた。
だが友人の視点は違った。使うことで、新しい時間が始まるということ。
「試しに明日から持って行ってみたら?」と友人は言った。「感想、聞きたいな」。
翌朝、私は弁当箱を洗った。母が何度も使ったであろう、わずかな傷や薄くなった漆。すべてが、その物自体の履歴だ。完璧さなんてどこにもない。でも、そのおかげで、これは生きた物になっている。
オフィスの机に弁当箱を置いた時、同僚が声をかけてきた。「いいものですね」。その一言で、私は気づいた。物を手放すことばかり考えていた自分。でも、選んで、使い続けることも、また大切な手放し方なのだと。
昼休み、弁当箱から取り出したサンドイッチを食べながら、私は窓の外を見た。都会の片隅で、いつもと同じ風景。でも、何かが変わっていた。完璧に整理された生活ではなく、現在進行形の自分を生きることで、初めて見える景色がある。
部屋に戻り、段ボール箱の中身をもう一度見た。全部を手放す必要はない。全部を保存する必要もない。今の自分に必要な物と、いま必要でない物。その判断を、静かに、丁寧に重ねていく。その過程こそが、新しい生き方への道なのかもしれない。
夜、友人にメッセージを送った。「弁当箱、使ってます」。返信は、またすぐに来た。
続きはまもなく
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