余白のある日々

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第6話

招き入れる

友人との約束から三日が経った。その間、私は何度もメッセージを確認した。返信は早かった。「もちろん。前からずっと君の部屋を見てみたいと思ってたんだ」。その言葉が、妙に緊張させた。

部屋を他人に見せるということは、自分の内面を見せることと同じだ。母の弁当箱を手に取った時の感覚がよみがえった。物は、その人の時間の痕跡であり、迷いの記録でもある。

土曜日の午前、私は段ボール箱の片付けを急いだ。だが途中で手が止まった。完璧に整理された部屋よりも、今の状態のままでいいのではないか。そう思ったのだ。

友人が来た時、玄関を開けた瞬間、照れ笑いが出た。部屋の中には、まだ処分を待つ物たちが、静かに佇んでいた。「片付け中なんだ」と説明すると、友人は笑った。「いや、これ、いいね。普通に住んでる感じがする」。

そんなことを言われたのは初めてだった。私は、完璧さや整理整頓の中にしか安心を見出せないのだと思っていた。でも、友人の目には、現在進行形の私の生活が、そのまま映っていたのだ。

リビングに座ると、友人は段ボール箱の中身にも遠慮なく目を向けた。「これ、お母さんの?」と、弁当箱を見つけた。私は頷いた。「使ってみようかなって思ってる」。その言葉は、昨日、ようやく心の中で決めたばかりだった。

「いいと思う。君が毎日持ち歩いたら、そこにまた時間が流れ始めるじゃん」。

友人の言葉は、シンプルだった。でも、それは私が何日も考え抜いていたことの答えのような気がした。手放すことと、新しく始めることは、別の行為ではなく、連続した同じ流れなのだ。

その後、私たちは部屋を出た。カフェで過ごす時間の中で、物を手放すことの話から、今の仕事のこと、親のこと、これからのことへと、会話は広がっていった。部屋に戻った時、窓から夕日が差し込んでいた。段ボール箱は相変わらずそこにあったが、それもまた、私の生きている証だと感じられた。

これからも、物は増えるかもしれない。また手放すこともあるだろう。でも、その過程の中に、誰かとの時間が交差していくなら、その余白の使い方も、きっと変わっていくのだ。

続きはまもなく

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