余白のある日々

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第5話

母の弁当箱が教えてくれたこと

母の弁当箱を手にした時の感覚は、今でも鮮明に残っている。それは思い出というより、むしろ身体が覚えている何かだった。

箱から取り出した弁当箱は、見た目よりずっと重かった。蓋を開けると、かすかに匂いが立ち上った。使われなくなってからどのくらい経ったのだろう。手のひらに収まるその弁当箱は、まるで小さな時間のカプセルのようだった。

私が使わなかった理由。手放せなかった理由。それは、失われた時間そのものだったのだ。そう気づいた瞬間、何かが変わり始めた。

ここまでの二週間は、物と向き合うことで、自分の中に溜まった何かを整理していたのだと思う。でも、友人との再会で気づいたことがある。外の世界とのつながりを遮断することで、何かを守ろうとしていたのではないか。物を手放すことと、人間関係を築くことは、本来、相反するものではないはずだ。

弁当箱を棚に戻す代わりに、今度は違う行動をとった。スマートフォンを手に取り、友人にメッセージを送った。「また今週末、会える?」。指先が震えた。物を手放すことは簡単だった。でも、失われた時間そのものを手放すことは、もっと勇気が要ることなのだ。

部屋の中は、まだ段ボール箱が占めている。でも今、その存在がまた違う意味を持ち始めていた。これは終わりではなく、本当の始まりなのかもしれない。物を減らすことで見つかった余白の中に、誰かを招き入れる準備ができたのではないか。

明け方が近づいていた。弁当箱をもう一度、静かに眺めた。使われることのなかった日々。でも、その喪失の中に、これからの時間へのヒントが隠れていた気がした。

続きはまもなく

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