第2話
朝日の角度
会社から帰ってきたとき、部屋の空気が違って見えた。朝に気づいた朝日が、今は夕日に変わっていた。その光が床に映るまでの距離が、これまでより長い。物が減ったから、光が迷わずに届くんだ。
机の上には、仕事帰りに寄った駅の本屋で買った本が一冊。「これ、本当に必要か」と問い直す習慣がついていた。迷った末に、結局買ったものだ。前なら何も考えずにカゴに入れていたと思う。今は、その本が自分の部屋のどこに置かれるのかが見える。空間の中での位置が、事前に想像できるようになっていた。
昨日と同じマグカップでお茶を淹れた。同じ物を使うことが、こんなに心地よいと知らなかった。朝と同じ時間を、夜も持つことにした。ただ座って、変わりゆく光を見つめる。物を手放す前は、こうした「何もしない」時間に罪悪感があった。何かしなければ、という強迫観念。でも今は違う。この時間そのものが、自分に返ってくるものだと感じ始めている。
部屋の隅に、処分前に選別した物たちを入れた段ボール箱がまだ置いてある。本当に手放すかどうか、もう一度見直す期間をつくった。友人が教えてくれた方法だ。数日、その箱と過ごしてみる。出掛けるときに視界に入る。帰ってきたときも見える。それでも欲しいと思わなければ、その時点で本当に不要なものなんだと。
夕方の光が少しずつ斜めになっていく。部屋の中で時間が形になって見える。これまで気づかなかった、空間と時間の関係。物が多すぎると、時間まで圧縮されてしまうのかもしれない。手放すことで、やっと時間が呼吸を始めたような感覚だ。
明日の朝、また同じマグカップを使おう。その先に何があるのか、まだ分からない。でも、ゆっくり見つけていく時間が、今は欲しい。