第8話
夜明けの処方箋 第8話 ここにある
それが眠りと何か関係しているのかは、まだ佐藤にはわからなかった。ただ、その感覚が心地よいことだけは確かだった。
図書館の窓から、午後の光が静かに差し込んでいた。佐藤は本を閉じ、深く息を吸った。三ヶ月前の自分なら、こんな時間の使い方に罪悪感を覚えていたかもしれない。効率を、成果を、常に何かを求めていた。眠れない夜は、その焦燥感の繰り返しだった。
しかし今、彼は違う景色を見ていた。
翌日、佐藤は医師の元を訪れた。睡眠薬を手放すことを告げるためではなく、ただ報告をしたかった。
「あの後、毎晩、窓を開けました」佐藤は淡々と語った。「星を見るわけじゃなく、ただ外の空気を感じるだけです。そしたら、朝になっていることが増えました。眠れないことを数えるのをやめたら、眠りが戻ってきたんです」
医師は静かに頷いた。「それは良かった。では、これからどうするつもりですか」
「続けます」佐藤は言った。「そしてもう一つ、やり始めたことがあります。子どもの頃に忘れた何かを、思い出す作業です。それが何なのかは、まだわかりません。ただ、それを探す時間が、夜を怖くなくしてくれた気がします」
医師の表情が柔らかくなった。「眠りの専門家として言うなら、最高の処方箋ですね。眠ることを目的にするのではなく、夜を感じ、昼を感じ、自分がこの世界に存在していることに気づく。それが本当の眠りです」
その夜、佐藤はいつものように窓を開けた。星は相変わらず、何も主張していない。ただそこにある。そして彼も、ただそこにいた。焦燥も期待も、一度手放してみると、不思議と軽くなった。
眠りは、与えられるものではなく、自分の中にずっとあったものなのだ。それに気づくまでの時間が、夜明けの処方箋だったのだろう。
明け方、佐藤は静かに目を開けた。眠りと覚醒の境界は、もはや敵ではなく、仲間のように思えた。
(完)
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