第7話
光と影のあいだで
佐藤は女性の横顔を見つめた。月光に照らされたその表情は、確かに穏やかだった。眠りが戻ってきたという言葉が、単なる睡眠時間の改善ではなく、何か本質的な変化を指していることが、今ようやく理解できた気がした。
「毎晩、ここに来るだけで」佐藤は呟いた。「そんなことで変わるんですか」
「変わるんです」女性は微笑んだ。「ただし、それは来ること自体が大事なのではなく、来ることで何かに気づくからなんだと思います。私の場合は、空を見上げることで、自分がこの世界のどこかに存在していることを感じられた。それだけで十分でした」
佐藤の頭の中で、これまでの医師の言葉たちが静かに配置し直された。睡眠薬でも、運動でも、時間管理でもなく。自分がまだここにいることを感じることが、眠りの第一歩だったのだ。
「では、あなたはどうするのですか」女性が佐藤に問いかけた。「あなたの『人生の眠りから目覚める』方法は、何だと思いますか」
その質問は、優しくも、容赦がなかった。佐藤は夜空を仰いだ。無数の星が、静かに存在していた。それらはけして何かを主張していない。ただ、そこにある。
一週間後、佐藤は別の場所にいた。オフィスの机の上ではなく、図書館の片隅。そこで彼は、自分が子どもの頃に好きだった本を手に取っていた。ページをめくるたびに、忘れていた何かが、ゆっくりと蘇ってくるような感覚。それが眠りと何か関係しているのかは、まだ分からなかった。しかし、昨晩は、その本を読みながら、自然と眠りに落ちたのだ。
その夜、佐藤の枕元には、医師からのメモが置かれていた。『次の約束の日時』と書かれた紙切れ。そこには新しい場所が記されていた。
続きはまもなく
目次