第7話
雨の中で名前を呼ぶ
雨は三日続いた。
俺は古い家の中でその音を聴いていた。雨樋の音、土の匂い、窓を叩く水滴。都市にいた時、こんなことに気づいたことはない。気づく余白がなかったのだ。
二日目の午後、隣人がやって来た。傘も差さず、ずぶ濡れになりながら。
「この雨、地下水が上がるんです」と彼女は言った。「この家の庭は、実は池だったらしいんですよ。昔は」
俺は庭を見た。雨で一層濡れた土。その上に水が溜まり始めている。池だった。その事実が、突然、この家全体の輪郭を変えた。
「だから、この家の人たちはずっと水と一緒に暮らしていたんだと思うんです。手放すことじゃなくて、同居することを選んでいたんじゃないかな」
彼女の言葉が残った。同居。手放すことと受け取ることが同じだという気づきは、もう一段階進むのか。手放すことと、受け入れることは別なのか。
その晩、俺は段ボール箱の整理を止めた。代わりに、この家の間取り図を探し始めた。昭和の登記簿。手書きされた家の履歴。どれも存在しなかった。隣人は笑った。「この家、記録が残ってないんですよ。だから想像するしかないんです」
それは、都市での俺の仕事の正反対だった。証拠を集め、記録を残し、実績として積み重ねる。だがここでは、記録のない時間を、想像力で埋めるしかない。
ふと気づいた。俺は何を手放そうとしていたのか。物ではなく、記録に頼る生き方そのものではないか。
雨はまだ降り続いていた。
続きはまもなく
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