第6話
季節の声
段ボール箱を開け続けて三日目。俺は気づいていなかった。手放すことと、受け取ることが同じ動作だったということに。
箱から出した書類を見ると、どれも都市での自分の記録だった。プロジェクトの資料。会議の議事録。達成したことの証拠。それらは確かに必要だったし、その時間も無駄ではない。だが、ここでそれらを広げると、別のものが見えなくなる。隣人の女性が教えてくれた地名。家の軋む音。庭に生えている雑草の名前さえ、まだ知らない。
必要なものだけを選別する作業は思ったより難しかった。なぜなら「必要」の定義が、毎日変わっていたからだ。昨日は不要だと思ったものが、今日は突然、必要に思える。その揺らぎを受け入れることにした。判断を急がないこと。時間をかけて、この家で、この季節で、何が自分を支えるのかを問い直すこと。
夜明け前、俺は箱の前を離れた。台所に降りると、隣人が置いていった菓子の箱が目に入った。中身はもう食べてしまったが、その箱さえここにあることが、俺にとって何かを意味していた。情報ではなく、誰かとの時間が、この家に層を重ねていく。
窓の外は雨だった。古い雨樋が水を流す音。土が水を吸い込む音。都市では決して聞くことのなかった、季節が直接語りかける音。俺はその音に耳を傾けながら、次に何を手放すべきか、考え始めていた。
続きはまもなく
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