第3話
手放すことの重さ
引っ越しの手続きが思ったより複雑だった。オフィスの退職届を出し、賃貸アパートの解約を進める中で、俺は初めて自分がどれだけのものに囲まれていたか気づかされた。
段ボール箱を積み上げながら、何を持って来るべきか判断することが、予想外に難しかった。服。本。仕事関連の道具。すべてが「いつか使うかもしれない」という呪いの言葉で正当化されていた。古い家の白い壁を思い出すたびに、その言葉が軽くなっていくのを感じた。
最初に古い家に訪れてから三週間。俺は最小限の荷物だけを軽トラックに積んだ。友人は首を傾げた。「本当にそれだけ?」と。俺自身も、それが正解なのか確信が持てなかった。ただ、白い壁の前に立つ自分を想像すると、余計なものはいらない気がした。
古い家の玄関の鍵を自分のものにした日、担当者が前住人について少し話してくれた。その人も最初は迷いながら物を手放していったらしい。ある日、突然決断したわけではなく、少しずつ、少しずつだと。そして今、何年も前に手放したものが、本当は何だったのか理解できたのだと。
家の中に俺の荷物が運び込まれる。それでもなお、大部分の空間は白いままだ。その余白が、今の俺には心地よかった。でも、これからここで何をするのか、何を見つけるのか、その道筋はまだ見えていない。
夜、二階の窓から星を眺めた。オフィスビルの明かりは見えない。代わりに、静寂だけが家を満たしていた。手放したものの先に何があるのか。前住人はすでに知っているのだろうか。それとも、まだ答えを探し続けているのだろうか。
続きはまもなく
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