第2話
白い壁の向こう
不動産屋の担当者は、電話の向こう側で少し戸惑っていた。「その物件ですか。実は、まだ売却活動を本格化していなくて...」と言いながらも、翌日の夕方、俺はその家の前に立っていた。
鍵を開けた時の音。かすかなほこりの匂い。一歩、二歩と歩を進めると、足音だけが家に響く。壁は何も語らず、床も何も訴えかけてこない。ただそこにあるだけだ。
各部屋を回った。居間には何もない。キッチンも同じ。二階に上がると、廊下の窓から夕焼けが差し込んでいた。その光の中に浮かぶ埃の粒子を見ていると、急に自分のオフィスデスクが思い出された。三枚のモニター、ケーブル、スタンド。すべてが「必要」という名目で積み重ねられていた。あれらは本当に必要なのか。それとも、何かから目をそらすためのものなのか。
帰り際、担当者が言った。「実は、前の住人が三ヶ月前に引っ越したんです。この家、ずっと物が多かったらしいんですが、ある時期から全部処分し始めたって聞きました。今のようになるまでに、かなり時間をかけたんだと思いますよ」
帰りの電車で、俺は窓に映る自分の顔を見ていた。前の住人は何を見つめ直していたのだろう。そして今、俺はここに引き寄せられている理由は。答えは、まだこの家の中にもどこにもない。ただ、あの白い壁の前に立つたびに、何か変わり始めていることだけは感じていた。