第5話
第5話 半券の向こう側
女性が帰った後、僕は記録帳を眺めていた。彼女の名前の横に、赤いボールペンで「午後七時の回・半券紛失」と記されている。そこにはまた別の情報が書き込まれていた。前回の来館日時、よく見る作品のジャンル、そして「チケット売り場で迷っていた」という先輩の手書きメモ。
映画館という場所は、来館者たちの痕跡で満たされていることに気づき始めた。忘れ物ボックスだけではなく、スタッフの記録、映画館システムの履歴、そして僕たちの記憶にも。
翌日の午前、常連らしき老夫婦が入ってきた。妻が夫の腕に寄りかかっている。チケット売り場で、妻が「いつもの席、取っておいてくれますか」と聞いた。先輩は「もちろんです」と応じ、二階の右奥から三番目の席を指さした。その夫婦を見送った後、先輩は僕に言った。
「あの人たちは、毎週木曜日に来るんだ。昨年、奥さんが足を悪くしてからは、段差の少ないあの席で映画を見るようになった。」
「いつも同じ作品を見るんですか」と僕が聞くと、先輩は首を振った。
「ジャンルは様々だ。ただ、その日の気分で選ぶみたいだね。」
その言葉が耳に残った。映画館を訪れるとき、人は何を持ってやってくるのか。疲労か、退屈か、それとも相手と過ごす時間か。同じ席に座る老夫婦も、チケットの半券を失くす女性も、その日のスケジュール表に立ち止まった誰かも、皆が何か異なるものを抱えている。
その日の夜、忘れ物ボックスに新しい品が加わっていた。子ども用の双眼鏡。小さく、プラスチック製で、何度も何度も誰かに使われたのだろう、レンズには指の跡がついている。
僕はそれを手にとり、先輩に見せた。先輩は少し考えてから答えた。
「そのうち、誰かが迎えに来るだろう。大切なものだからね。」
続きはまもなく
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