第8話
「推す」ことの意味
もし自分が、逆の立場で何かを推してもらうとしたら。どんな答えが欲しいか。
主人公は画面を見つめた。フォロワーからのリクエストは多様だった。「このアニメのこのシーン、スポーツ的な違和感があります」「こういう動きって実際に可能ですか」「推しキャラの走り方について」——技術的な正確性を求める質問がほとんどだ。
いつもなら、主人公は知識を総動員して「正解」を示してきた。それが「専門家」としての責務だと思っていたから。
でも岡田の言葉が蘇る。その動きを見て、何を感じたのか。その感覚を共有することが、推すことなんじゃないか。
主人公は一つのリクエストを選んだ。「このアニメの主人公の動き、好きなんですけど理由が分かりません」という質問。
返信を打ち始めた。
「その主人公の走り方には、一貫性があります。ぎこちなさが、絶えず何かに怯えているキャラクターの内面を表現しています。完璧さ追求じゃなく、不完全さの中に個性がある。僕もそこに惹かれました」
センダイします、と指が動く直前、主人公は続けた。
「スポーツ的な正確性だけなら、他に優れた解説がたくさんあります。でも、あなたが『好き』と感じた、その感覚は誰にも代替できない。だから聞かせてもらいたい。何がそこまであなたを引きつけたのか」
センダイ。
スマートフォンを置いて、主人公は窓の外を見た。夜道を誰かが走っている。その走り方には、その人だけの在り方があった。完璧ではなく、その人らしい。
SNSでのやり取りは、こうして始まるのかもしれない。知識の提供ではなく、感覚の往復。主人公が推していたのは、スポーツでもアニメでもなく、その中で輝く人間らしさだったのだ。
スマートフォンが震えた。すでに返信が来ていた。フォロワーの感覚が、言葉になって戻ってきた。
主人公は微笑んだ。
これが、本当の『推す』なんだ。
(完)
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