第7話
声を手放す
その食器を、結局、段ボール箱に戻した。
だが、以前とは違う気持ちだった。手放すことへの罪悪感ではなく、むしろ一つの決定を保留する感覚。もう少し考える猶予をもつ、ということ。
朝日が部屋全体を照らすなか、彼は立ち上がった。体を動かさなければ、この思考の渦から抜け出せない気がした。
キッチンに向かい、今使っている食器を取り出した。毎日、その中から何を選んでいるのか。意識したことがなかった。気づくと、同じ皿、同じコップばかり使っている。それは習慣というより、無意識の選別だ。つまり、自分の体と心は、すでに必要なものと不要なものの違いを知っていたのではないか。
親の言葉が自分の選択を縛っていたとすれば、それを解くためには、親の声そのものではなく、自分が親の声をどう受け取ってきたのかを見つめ直す必要があるのかもしれない。
スマートフォンを手に取った。実家の母に電話してみようか。だが、何を聞けばいいのか、言葉が浮かばない。「子どもの頃くれた食器について」という会話が、どう展開するか想像がつかなかった。
置いた。
まず、自分で整理するべきことがあるような気がした。引っ越しは、単に住む場所を変えることではなく、自分の内部に積み重なった層を、一つ一つ剥がしていくプロセスなのだと、ようやく理解し始めていた。
窓の外の街は、いつもの月曜日の朝を迎えていた。
続きはまもなく
目次