第6話
受け渡すこと
その時、その迷いの中にこそ、自分が毎日台所に立つ意味があるのだと気がついた。
古いメモを手に取り、もう一度読み返す。母親の字で書かれた「昆布は前の晩から水に浸す」という一行。子どもの頃は単なる指示に過ぎなかったそれが、今は一つの物語に見える。どうしてそうするのか。どれくらい浸すのか。そういった小さな試行錯誤の積み重ねが、この一行に凝縮されているのだ。
新しい紙に、今日の野菜について書く準備をした。けれど、ペンを握りながら考える。ここに書くべきなのは、うまくいったレシピの手順ではなく、むしろ「なぜそうしたのか」という理由の方かもしれない。失敗したこと。試してみたこと。迷ったこと。そうした過程こそが、次の誰かにとって一番の道しるべになるのではないだろうか。
ペンが紙に触れる。けれど最初の一行をどう始めるかで、また止まる。
母親のメモと自分のメモ。それらが一本の線でつながっているとすれば、自分の書く言葉も、やがて誰かの台所に届く可能性がある。その誰かは、自分の子どもかもしれないし、全く関係のない誰かかもしれない。でも、朝日が差し込む台所で野菜を刻みながら、同じような問いにぶつかるかもしれない。
その時に、このメモが役に立つといいな。そんなことを考えながら、ようやくペン先が動き始めた。
まだ書き終わっていない。むしろ、ここからが始まる感覚さえある。
続きはまもなく
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