第2話
引っ越し初日、予想外の来客
新居に着いたのは金曜の夕方だった。スーツケース三個とノートパソコン、それに数冊の紙の本。引っ越し業者の軽トラックから降ろされたのは、その程度だった。
不動産屋の担当者も二度見していた。「これだけですか」と。そう、これだけだ。段ボール箱ゼロ。五度目にして初めての風景である。
部屋は六畳のワンルーム。前回の引っ越しでは、家具の配置に三時間かかった。今回、僕がすることといえば、スーツケースを開けて衣類をハンガーに掛けることくらい。三十分で完了する。
この余裕の感覚は、何だろう。達成感というより、むしろ違和感に近い。三年ごとに繰り返してきた「引っ越しの戦場」が、今年は違う形で訪れるのではないか。そんな不安が、ぼんやりと頭をよぎった。
夜九時、インターホンが鳴った。
配達員かと思ったが、モニターに映ったのは大学時代の後輩、田中だった。彼とは五年ぶりの連絡だ。SNSのストーリーで新居の住所を見かけたらしい。「近所に来たついで」という理由で立ち寄ったという。
ドアを開けると、田中は部屋を見回り、眉をひそめた。
「引っ越し、まだ終わってないのか」
「いや、これで完了だ」
「え、段ボール箱は」
「ない」
その一言で、田中の顔が変わった。彼は営業職で、転勤族だ。この一年だけで二度引っ越ししている。段ボール箱との戦いを知っている人間だ。
「どうやったんですか」
その質問が、第二幕の始まりだった。
続きはまもなく
目次