第7話
第7話 観察者になること
手帳への記録を続けて二週間が過ぎた月曜日のこと。いつもより早く出社した私は、デスクに座る前に、まず自分の肩に手を当ててみた。
昨夜は十一時に寝床についた。朝は六時半に目が覚めた。朝食は摂ったが、コーヒーは飲まなかった。天気は晴れ。
こうした断片的な情報が、頭の中で一つの「状態」として統合される感覚が、最近になって鮮明になってきた。単なるデータ入力ではなく、朝の数分間を自分の身体に向ける儀式のようなものになっていたのだ。
午前中、資料作成に追われた。しかし予想外に、肩の張りは軽かった。手帳に記すと同時に、その理由を考えてみた。昨日の散歩か。それとも、今朝の観察の時間が、既に何かを変えていたのか。
昼休みに同僚の田中さんと食堂で顔を合わせた。彼は私の様子の変化に気づいたのかもしれない。「最近、調子がいいじゃん」と声をかけてくれた。
そう言われて、改めて考えた。本当に調子がいいのだろうか。肩こりが完全に消えたわけではない。ただ、それとの向き合い方が変わったのだ。不快感に蓋をするのではなく、それを一つの情報として受け取る。その主体性が、心理的な余裕を生んでいるのかもしれない。
午後、新しい疑問が浮かんだ。記録をつけることで気づきが増えるのは確かだが、その気づきが果たして、肩こりそのものを減らしているのか、それとも単に不快感の感受性を変えているだけなのか。
帰路、その問いを手帳に書き込んだ。正解を求めるのではなく、問い続けることが、この営みの本質なのだと、ようやく感じ始めていた。
続きはまもなく
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