第8話
第8話 数字の向こう側
ないからだ。
翌週、思い切ってアプリを削除した。スマートウォッチは保持したが、朝の儀式的なチェックをやめた。最初の数日間、不安が波のように押し寄せた。自分の睡眠は今、どうなっているのか。知らないまま進むことへの恐怖感。
だが、その波も次第に引いていった。
気づけば、眠るまでのプロセスが変わっていた。布団に入ってから、今夜のスコアを予想する癖がなくなった。目覚めた時に「何時間寝た」と計算する頭も静かになった。代わりに、体が自然と休息を求め始めた。それはデータでは測れない、ただの感覚だった。
同僚は相変わらず、最新のガジェットについて語る。睡眠トラッキングの新機能、AI分析の精度向上。その話を聞いても、今は羨ましさを感じない。必要な情報と、知らなくても困らない情報の区別がついたのだろう。
ノートは今、ベッドの脇に置かれたままだ。時折、気が向いた時だけ、簡潔な言葉を記す。「よく眠れた」「目覚めが良い」程度の、客観性を手放した記録。数値化されない、ただの感想。
夜中に目覚める時もある。それでも焦らない。その時間も自分の夜の一部であって、評価の対象ではない。名前をつけなければ、ただの出来事に過ぎない。
技術は道具だった。それをいつ使い、いつ置くかは、自分で決められるということに、ようやく気づいた。
今夜も、布団に入る。スマートウォッチをつけるか外すか、迷いながら。その迷いすら、心地よい。
(完)
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