第8話
余白のある暮らしへ
主人公は、ノートを閉じた。
壁一面に貼られた付箋。「朝日」「呼吸」「間」「選ぶこと」「空間」。そこには、これまで言葉にできなかった感覚が、やっと具体的な形になっていた。
引っ越しから三ヶ月。新しい部屋は、最初に想像していたより小さかった。だが、その小ささが、何かを教えてくれたのだ。
「本当に必要なものって、こんなに少ないんだ」
主人公は、リビングの隅に置いた古い木製の椅子に座った。前の部屋から持ってきたもののひとつだ。その横には、鉢植えの観葉植物。雑誌から切り抜いた写真のように、窓から光が差し込んでいる。
何を残すか。何を手放すか。その選択が、思ったより自由だったことに気づいた。物に埋もれていた時は、選ぶことすら忘れていた。あるから持つ。当たり前だから疑わない。そうして、本当に大切なものまで見えなくなっていたのだ。
新しい部屋では、朝日が違って見える。音も、空気も。それは部屋が変わったのではなく、主人公の目が変わったからだ。余白ができると、世界はこんなにも丁寧に見えるのか。
付箋を一枚、外した。「完成ではなく、始まり」と書いてある。
引っ越しは終わった。でも、整理は続くのだろう。それは部屋の整理ではなく、自分の人生の整理。その作業は、この小さな部屋の中で、毎日少しずつ進んでいく。
ノートを開く。ペンを握る。朝日の中で、主人公は今日も言葉を探し続ける。
(完)
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