第7話
第7話 書き直す
ノートの最初のページを開くとき、主人公の手は少し震えていた。
前の部屋の片付けで見つけた雑誌の切り抜き。そこに写っていたのは、誰かが建てた小さな家だった。庭には植物があり、窓からは光が差し込んでいる。その写真に主人公が惹かれたのは、建築や装飾の美しさではなく、何かもっと漠然とした「感覚」だった。
あの時は、その理由を言葉にできなかった。
ペンを走らせてみる。「朝日の色が、期待と一緒に入ってくる」。違う。消す。「窓の外が見える喜びは、選ばれたものだけが残ったから」。これも違う。
主人公は、今朝見た光のことを思い出す。前の部屋では当たり前だった朝日が、新しい部屋では異なって感じられた。それはなぜだろう。
答えは簡単かもしれない。前の部屋には、その光を受け止める「余白」がなかったのだ。物に埋まった空間では、光も影も、すべてが曖昧に溶け込んでいた。
「余白があると、光が見える」
ペンが止まらなくなった。
「余白があると、音も聞こえやすい。余白があると、自分の呼吸さえ感じられる」
こんなに単純な発見が、なぜこれまで気づけなかったのか。あの雑誌の写真に主人公が惹かれたのは、その家に「余白」があったからなのだ。完璧さではなく、不完全さ。装飾ではなく、空間。
ページをめくる。次々と言葉が流れ込んでくる。
引っ越しは終わっていない。断捨離も、本当の意味では終わっていない。主人公はそのことに気づき始めていた。物を減らすことが目的ではなく、減ったその先で何が見えるのか。何が聞こえるのか。何が感じられるのか。
朝日は明日も同じ角度では入ってこない。季節が変われば、光の色も軌跡も変わる。その変化を受け止める空間を、主人公は今、初めて手に入れたのだ。
ノートに走り書きされた言葉たちは、まだ荒削りだ。推敲が必要かもしれない。けれど、この瞬間の主人公には、それは重要ではなかった。
玄関の前に積まれた「かつての自分」を、一つずつ外へ運び出す作業は、まだ残っている。
続きはまもなく
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