第4話
昔の選択、今の道
佐藤は、その問いの重さを感じた。鈴木の目は、単なる質問ではなく、覚悟を試すような光を放っていた。
「はい。やります」
言い切ってから、佐藤は自分の言葉の軽さに気付いた。鈴木は十年前、同じ覚悟を決めたのだ。それが途中で折れた。理由は『現実的ではない』という判断だった。
「現実的じゃない、というのは?」佐藤は聞いた。
鈴木は椅子に座り、昔の話を始めた。金融規制は頻繁に変わる。その都度、型を修正しなければならない。修正すれば、既存コード全体に波及する。それに対応するマンパワーがなかった。デッドラインは常に迫っていた。結果、『とりあえず動く』コードで済ませることになったという。
「でも今、その『とりあえず』が問題になってる」鈴木は続けた。「バグが増えた。新機能を追加するたびに、予期しないエラーが出る。チームの士気も下がってる。俺たちの判断は、後付けの負債になってしまった」
オフィスの向こう側で、夕方の日差しが斜めに差し込んでいた。
田中は、この会話が起きるのを意図していたのだろう。先輩の失敗と現在の状況を、佐藤に直接繋がせるために。
「規制の変更に対応するなら?」佐藤は問いかけた。
「型をモジュール化することが鍵だ」鈴木は立ち上がり、ホワイトボードに図を描き始めた。「変わる部分と変わらない部分を分離する。規制対応は限られた範囲にする。全体を揺さぶらないようにする」
そこまで聞いて、佐藤は理解した。この十年、金融システムの要件は確かに複雑化している。しかし、その複雑さの構造を理解していれば、型の再設計も現実的になる可能性がある。
「鈴木さんが当時、その方法で提案してたら?」
「たぶん、経営判断で却下されてただろう」鈴木は笑わなかった。「スピードと安全性。その天秤の上で、当時は決まってた。だが、今は違う。負債が見えるようになった」
オフィスに戻ると、佐藤の席には、チームのメンバーから連絡が入っていた。新しい不具合報告だ。金融取引の端数処理で、ごく稀に計算ずれが生じるという。
その瞬間、佐藤は決めた。これからの道は、鈴木の『諦めの先』を進むことになるのだと。
続きはまもなく
目次