第8話
味付けの記憶
退屈ではなくなっていた。
友人が来るまでの数日間、いつもより丁寧に買い物をした。季節の野菜を手に取り、その日の空気感を感じながら選んだ。母がしていたように。
週末の午後。テーブルには、いくつかの小皿が並んでいた。大げさなものではない。いつもの自炊の延長線上にある、ただの家庭の味だ。だが、今日はそれを誰かと一緒に口にする。その事実が、すべてを変えていた。
友人が箸を進めながら、「毎日、こんなの作ってるの?」と聞いた。その問いに、自分は少し考えてから答えた。「ほぼ毎日。でも、毎日違うんだよ」と。
その言葉は、自分自身への説明でもあった。三年前、自炊を始めた時には想像していなかった。効率だけを求めていた日々の中で、いつの間にか小さな差分を愛おしむようになっていたこと。人参の切り方が今日は少し厚いこと。玉ねぎの焦げ加減が季節で変わること。そうした目に見えない変化を、相手と分かち合うことの豊かさ。
テーブルを囲む二人の間に、少しの沈黙があった。それは気まずいものではなく、むしろ、味わい深いものだった。
食卓の中央に、今夜の塩が置いてある。その白さは、昨日のそれとも、明日のそれとも違う。毎回、新しい出会い。そう思いながら、自分は静かに食事をつづけた。
毎日を続ける理由は、もう必要なかった。それは理由ではなく、いま、ここにある現実そのものだから。
(完)
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