平日5時の選択肢

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第3話 ルーティンの隙間で

一週間を乗り切った達成感は、月曜日の朝には薄れていた。

金曜の夜、同僚との飲み会で「最近朝早いんですね」と指摘されたことが、妙に頭に残っていた。褒められているのか、珍しさを指摘されているのか、判断がつかない。自分自身、早起きが習慣化したというより、単に二度寝をしないという選択肢を選び続けているだけではないか。そんな疑問が、週末の朝寝坊欲を強めていた。

月曜日、目覚ましに起きると、体は確かに軽い。朝の行動パターンもある程度固まってきた。白湯かコーヒー、ヨーグルトかバナナ。ニュースアプリか、あるいは窓を眺めるか。選択肢は限定的だが、その中での小さな自由が、起床を促す力になっている気がした。

しかし今朝は、会社から早朝連絡が入っていた。緊急案件だという。朝の静寂の中で、仕事のメールを開く。せっかくの落ち着いた時間が、仕事のペースに吸い込まれていく感覚。これは予想していなかった。

結局、いつもより慌ただしく出勤することになった。車内で、ふと気づく。早起きすること自体が目的になってはいないか。朝の時間を「正しく使う」ことへの執着が、かえって朝を息苦しくしているのではないか。

そこで、ある考えが浮かぶ。朝活という言葉から解放されたら、どうだろう。ただ単に、平日の朝に、少しだけ自分のペースを持つ。それで十分ではないか。

水曜日の朝、いつもより十分早く起きた。何もしないつもりで、ソファに座った。白湯を一杯。窓から差し込む光を見る。本も、アプリも開かない。ただ存在する時間。

これでいいのだと、初めて思えた。

続きはまもなく

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